『ものわすれ』が気になる方に


「最近、物忘れが気になる…」そんなふとした不安を感じたことはありませんか?
年齢とともに記憶力がゆるやかに変化するのは自然なことですが、「これって大丈夫?」と心配になることもあるかもしれません。今回は、そんな“もの忘れ”について、医療の視点からわかりやすくお伝えします。

 

1.もの忘れを引き起こす原因はいろいろあります

「物忘れ」といっても、その背景は人によって異なります。
単なる年齢の影響だけでなく、身体や心、脳の状態によっても記憶の働きは左右されます。

🔸 身体的な要因

加齢によって記憶力は徐々に低下します。実際、記憶力のピークは20代とされ、その後は少しずつ注意力や記憶保持能力が衰えていきます。また、ビタミンB12や葉酸などの栄養素が不足すると、神経細胞がうまく働かず、物忘れ症状を引き起こすこともあります。特に摂食不良、妊婦、アルコール多飲の方は注意が必要です。ホルモン異常として、例えば甲状腺機能低下症では脳を含めた全身の働きが鈍るため物忘れ症状を呈します。

脱水や体の中で細菌が増えている状態電解質(ナトリウム・カルシウムなど)の異常も、神経系の働きを一時的に障害し、「急に物忘れが進んだように見える」ケースが高齢者ではよくあります。

🔸 精神的・生活習慣の要因

うつ病をはじめとした“うつ状態”では、考えるスピードや反応がゆっくりになるため物忘れのように見えることがあります。また、睡眠不足や過労、ストレス、あるいは多忙な生活が続いていると、集中力が下がり注意が向きにくくなるほか、記憶の“定着”そのものも弱くなります。

🔸 脳の病気によるもの

脳の病気が原因で物忘れが起きることもあります。

たとえば、神経細胞自体がゆっくり壊れていく神経変性疾患には、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがあります。

一方で、脳卒中の後遺症として生じる脳血管性認知症などは、もともと正常だった神経が血流障害などの“別の要因”によって傷つくことで生じます。また、てんかんも高齢者では見逃されやすい原因のひとつです。けいれんを伴わず、「ぼうっとしているだけ」のように見える発作もあり、一見すると認知症に似た症状として現れることがあります。

このように「物忘れ=認知症」とは限りません。 こうした背景を推測するために、これまでの経過を確認したり、採血や画像検査などが必要になるのです。

 

2.認知症とは?軽度認知障害(MCI)とは?

では、そもそも「認知症」とはどのような状態を指すのでしょうか?似たような言葉としてよく耳にする「MCI」との違いも含めてご紹介します。認知症とは、脳のさまざまな障害によって「記憶・判断・言語・見当識」などの認知機能が持続的に低下し、 日常生活や社会生活に支障が出る状態を指します。

それに近い概念としてよく使われるのが軽度認知障害MCI: Mild Cognitive Impairment)です。MCIは、 認知機能の一部に低下が見られるものの、日常生活や社会生活はほぼ自立して送れている段階を指します。

この二つの違いは、日常生活への影響の有無です。MCIは生活上の大きな支障がなく、認知症は日常や社会生活に明確な支障が生じています。

 

3.認知症・軽度認知障害の有病率

それでは、実際に「認知症」や「MCI」は、どれくらいの方に見られるものなのでしょうか?

下の図は、年代ごとに推定される有病率の概算を示したものです。

認知症やMCI(軽度認知障害)は、年齢とともに徐々にその割合が増えていきます。

60代ではMCI 8%、認知症 1%、70代ではMCI 14%、認知症 6%、80代でそれぞれ22%と割合が上昇、90代以上ではMCI が20%に減少し、認知症の割合が約半分にまで上昇します。久山町研究(2017)、厚労省推計(2022)を参考。

4. 認知症の予防と治療

認知症は年齢とともに増える傾向にありますが、予防的にできることもあります。予防と治療について触れてみましょう。

 

🔷予防のポイント

認知症は完全に防ぐことはできませんが、生活習慣の見直しで発症リスクを下げられることがわかっています。

🔹高血圧・糖尿病・脂質異常症の適切な管理は、アルツハイマー型・脳血管性認知症の双方に共通する重要な予防策です。

🔹有酸素運動(ウォーキング・体操など)は、脳への血流や神経の働きを保ち、記憶力や思考力の維持に効果が期待されています。

🔹十分な睡眠は、脳内の老廃物を排出し、神経の健康に関わるとされます。

🔹人との交流や知的な活動(会話・趣味・読書など)は、脳を活性化し、認知機能の低下を防ぐ働きがあります。

🔹バランスの取れた食事:特に地中海式食事といわれる野菜・魚・オリーブオイルを中心とし、塩分や動物性脂肪を控える食事は、血管の健康を保ち、発症リスクの低減が報告されています。

これらを生活に複合的に取り入れることが、認知症になりにくい土台となります。

🔷治療薬について

進行を完全に止める薬はまだありませんが、症状の進行をゆるやかにできる薬がいくつかあります。

🔹コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)

🔹NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)

🔹抗アミロイドβ抗体薬(新薬):レカネマブ、ドナネマブ など
(社会的な費用対効果の観点から、公的保険で広く負担すべきかどうかは、慎重な議論もなされています)

 

 

5.周辺症状(BPSD)とその理解・対応

ここまでは認知機能の低下そのものについて説明してきましたが、「怒りっぽくなる」「徘徊する」といった“行動の変化”が生じることもあります。なぜそのような症状が出るのかについて説明します。記憶障害や判断力の低下などの「中核症状」に対して行動や感情に現れる「周辺症状BPSD: Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)」と言われます。これらは一見すると“問題行動”のように見えますが、実際は本人の不安や混乱、困りごとが背景にあることが少なくありません。

図のように、中核症状によって「時間や場所がわからない」「言葉がうまく出ない」「理解されない」という体験が積み重なり、 不安や混乱が生じやすくなります。結果として、「拒否」「暴言」「徘徊」「妄想」「大声を出す」などの形で表れることがあります。つまりBPSDは、本人なりのSOSであり、背景にある“困りごと”に目を向けることが対応の第一歩となります。

🔹 対応の基本は非薬物的な工夫から

・わかりやすい声かけ、目線を合わせた説明
・落ち着いた環境設定(音、照明、温度、導線)
・決まった時間・流れでの生活習慣、役割をもてる機会づくり

🔹 薬物療法について

どうしても不安や興奮が強く、生活や介護に支障が大きい場合には、抗精神病薬や抗不安薬などが検討されることもあります。 ただし副作用やリスクもあるため、非薬物的な対応を基本とし、薬は慎重に、最小限にとどめることが原則です。

 

以上、今回は「もの忘れ」や認知症についてお話ししてみました。
少しでも「そういうことだったのか」と感じてもらえたら嬉しいです。
気になることがあれば、どうぞ気軽にご相談ください。

 

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ゆたかメンタルクリニック 院長 大石 祥

日本精神神経学会専門医・指導医

精神保健指定医

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